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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)7470号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一一日から完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、金一三四九万六一六二円及びこれに対する昭和六〇年九月一一日から完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が創愛プロこと大西信一との間で締結した継続的信用金庫取引契約について、被告が包括根保証したとして、原告が被告に対し右保証債務の履行を求めた事案である。

証拠(甲一の1、二の1ないし9、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五八年四月二五日、大西との間で、証書貸付、手形割引に関する継続的信用金庫取引契約(以下「本件信用金庫取引契約」という)を締結し、その際大西が破産宣告の申立てを受けたときは、直ちに原告から割引を受けている手形を額面額で買戻し、その代金を直ちに原告に支払うとともに原告に対する一切の債務について期限の利益を失い、直ちに原告に債務を弁済する、原告に対する債務の履行を怠った場合には、支払わなければならない金額に対し、年一四パーセントの割合による損害金を支払う旨約した。

2  原告は、本件信用金庫取引契約に基づいて、大西との間で次のとおり取引をした。

(一) 原告は、大西が所持していた別紙約束手形目録(一)(二)記載の約束手形八通及び別紙為替手形目録記載の為替手形二通を割り引いた。

(二) 原告は、昭和五九年一二月二九日、被告に対し、三〇〇万円を利息は年八・五〇パーセントの割合(但し、元金支払いの都度支払う。)とし、昭和六〇年一月二日から毎月二日限り八万四〇〇〇円ずつ三五回、最終回の六万円を分割して支払う旨約した。

3  大西は、昭和六〇年九月一〇日、破産宣告を受けた。

4  大西は、別紙約束手形目録(二)記載の手形につき買戻代金内金七五万八四五九円を支払い、証書貸付分として七七万九五〇〇円を支払った。

二  争点

1  本件信用金庫取引契約について原告と被告の間で包括根保証契約が成立したか否か。

2  右包括根保証契約の成立が認められる場合、保証の範囲は信義則によって制限されるか。

第三  争点に対する判断

一  包括根保証契約は成立したか否か

被告は、本人尋問の際に、本件根保証契約成立の証拠として原告が提出した甲一の1(信用金庫取引約定書)の連帯保証人欄に自ら署名押印したことは認められるものの、右署名捺印に至ったのは、昭和五八年四月中旬ころ、原告の担当者松尾義信と名乗る男と大西が被告のところを訪ね、その際に大西から自分が経営する創愛プロが原告のところで当座預金口座を開設するにつき、当座開設保証人が形式的に必要と頼まれ、また松尾と名乗る男からも「個人経営の場合法律で義務付けられているので、当座開設まで手続上保証人になって欲しい。」と言われ、これを信じたためであると述べる。しかし、大西は、この点に関し、原告から口座取引約定書の保証人として形式的に必要と言われているという趣旨のことを伝えたうえで被告に甲一の1に署名捺印してもらったと証言する(大西の証言調書一五)ものの、一方で、口座開設のためだけといった具体的な説明をしたことは否定し(同証言調書一六)、原告の担当者とともに被告のもとを訪れた記憶はないし(同証言調書一三)、乙第二号証についても被告に迷惑がかからないよう被告に書いてくれと言われて書いた(同調書一八、一九)、と証言する。また、松尾の証言によれば、確かに原告の担当者松尾義信が実在し、被告との交渉にあたったことが認められ、原告の供述及び乙三(書き込み部分は除く)によれば、被告が松尾の名刺を持っていることも認められるが、松尾は被告のところを訪問したことはない旨証言し、被告も本人尋問の際に、被告が会った松尾と名乗る男と証言をした松尾とは別人である旨述べるところである。

そうであるとすれば、甲一の1については、署名押印の点につき争いがない以上、真正に成立したと推定すべきところ、被告本人尋問の結果ないしは乙二によって直ちに右推定が排除されるとは認められず(大西の証言と対比する限り、大西が被告の述べるような説明をしたとは認められないし、原告の担当者から原告の供述するような説明がなされたと認めることも無理がある。)、ほかに右推定を排除するに足る証拠は存しないから、結局甲一の1の被告作成名義部分は真正に成立したものと認めるべきである。そして、右甲一の1の被告作成名義部分及び証人松尾、同服部高幸の各証言によれば、原告と被告の間で、大西の前記債務についての包括根保証契約が成立したと認められる。

なお、原告の担当者である松尾は、本件連帯保証契約締結後に被告に対し保証意思の確認を行った旨証言するが、一方で、同証人の証言によっては、右確認の際に同人が被告に対し、本件連帯保証が根保証であることを明示したとは認めがたいし、ほかに原告の担当者が被告に対し本件包括的根保証契約についてこれが根保証であることを説明したうえで保証意思の確認をしたことを認めるに足る証拠はない。しかし、前記認定のとおり、甲一の1が被告が自ら署名することによって真正に成立したと認められる以上、同号証には本件保証が大西の原告との本件信用金庫取引契約に基づいて現在及び将来負担する一切の債務の連帯保証であることが明記されており、右事実によって前記認定が左右されるものではない。

二  保証の範囲は信義則によって制限されるか

1  前記認定のとおり、原告と被告の間には包括根保証契約が成立したと認められるところ、右契約では保証限度額が定められていないことが明らかであるが、そうだからといって被告に対し無制限に保証責任を追及しうると解するのは相当でなく、信義則上被告が保証債務を負うのは、右契約のなされた諸事情に基づく合理的な範囲内に制限されると解すべきである。

2  そこで、進んで右合理的範囲内の額について検討する。

証拠(甲二の1ないし10、三、五、六、七、乙九、一〇、一三、証人木村優、被告)によれば次の事実が認められる。

(一) 大西は、創愛プロの名称でキーホルダー等小物装飾職品の製造販売業を営んでいたが、昭和五六年、原告との間で信用金庫取引契約を締結し、原告は大西の持ち込む手形を同人の積立金の限度で割り引くようになった。そのころの大西の積立金の額は一〇〇万円位あり、割引に持ち込まれた手形はすべて取引先のラッキーヘアープロダクツ株式会社振出の手形で、割引額は月平均一〇〇万円から一五〇万円、割引残高は多い時で三〇〇万円位に達する時もあった。そのような状況のもと、原告は大西に対し、手形の割引額が増えてきたことを理由として保証人をたてることを求め、その結果本件包括根保証契約が結ばれた。

(二) 本件包括根保証契約締結にあたって、原告の担当者は被告の信用調査を実施したがこれによると、被告は当時株式会社コスモを経営し、その月商は五〇〇万円位、業績は順調で被告自身の月収は五四万円、自宅を所有し、借入金を控除した資産は二六五〇万円とされている(甲五、なお、被告は本人尋問の際に同号証を示されたが特にその内容を争ってはいない。)。

(三) その後、大西は原告との取引を継続したが、昭和五九年一月九日の時点では、大西の原告との取引状況は大西の定期預金、定期積金等が一一七万円であったのに対し、原告は大西に対し割引手形及び証書貸付にともない三一九万円余りの貸出があった(甲七)。

(四) 大西の商売は、昭和五九年一二月ころから捗々しくなったが、その頃辻工芸から二〇〇〇万円相当の商品の注文があり、大西は、その材料の仕入れ等のため、同月二九日証書貸付により原告から三〇〇万円の融資をうけた。右融資にあたっては、原告は大西に対し、別途保証人をつけることを要求し相澤頼雄が保証人となりさらに公正証書も作成された。しかし、その後、右辻工芸からの代金の支払いを受けられなかったことなどから、大西の資金繰りが苦しくなった。その頃、大西は、自治会で知り合った松田繊維株式会社を経営している松田重樹から手形を回してもよいとの話を持ちかけられ、これを原告に割り引いてもらうべく、原告の担当者に依頼したところ、原告の担当者はこれに不審を持たず、これに応じた。この結果昭和六〇年五月以降松田から回される手形を原告が割り引くようになって、大西の原告に対する割引残高は急激に増加し、同年九月一〇日、大西が破産宣言をうけるまでの四か月間で一〇〇万円に上り、右時点では大西の原告に対する債務の残高は前記証書貸付分を含めて一五八〇万円余りに達した。本件で原告が請求しているのは右債務から後に弁済を受けた分を控除した残額であり、本件各手形は、いずれも大西が松田から受け取ったものであり、これらはすべて融資手形であって、しかもすべてが不渡りとなっている。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件包括根保証契約締結時の大西の主債務額は、専ら取引先であるラッキーヘアーから受領した手形の割引残であって、その額はおおむね三〇〇万円の範囲に止まるものであったことが明らかである。そして、原告が本件包括根保証契約を締結するに至ったのが大西との取引額が拡大することを慮ったためのものであるとはいえ、本件請求債権のうち前記証書貸付分以外は、いずれも原告が本件各手形が融通手形であることを看過して割り引いたために発生したものというべきである(乙一〇23によれば、大西は原告の担当者に対し、本件手形が融通手形であるという説明はしていないと証言しているが、一方でこれが商取引によるものとも説明していないと述べており、松田繊維振出の手形を大西が原告に持ち込んだのはこれが初めてであり、しかもいずれの手形もサイトが四か月以上であり、手形金額も端数がないといったことからすると、原告の担当者としては割引にあたり右手形の取得経緯につき、さらに慎重に調査すべきであったというべきである。)。さらに本件手形の割引は四か月という短期間に集中的になされているのである。このような事情に照らすと本件主債務のうち本件各手形の割引によって生じた債務は、大西と信用金庫法に基づく金融機関である原告との通常の取引関係から生じた債務とは言い難い面も存する。しかも前記認定のとおり原告側で被告に対し本件包括根保証の趣旨を甲一の1の記載以上に詳細に説明したとも認められない。

そうであるとすれば、包括根保証の趣旨につきなんらの説明も受けずに甲一の1に署名したに過ぎない被告としては、保証した時点で、金融機関である原告が大西の持ち込んだ融通手形まで漫然と割り引くというようなことまで予想することは困難な状況にあったというべきであり、手形の負担すべき保証債務の範囲は、当初の主債務額を基準として、右時点で大西の営業規模に照らしこれから通常予測しうる範囲に止めるのが相当である。そして、右保証債務の範囲は、本件包括根保証契約締結時における割引残が三〇〇万円の範囲に止まること、大西が辻工芸から二〇〇〇万円もの注文を受けた際に原告が同人に手形割引とは別枠で貸し付けた金額が三〇〇万円に過ぎず、その際にも別途保証人を要求していること、さらには前記認定の諸事情を総合考慮すれば、当初の割引残の最大限の二倍である六〇〇万円の範囲と認めるのが相当である。

(裁判官 西岡清一郎)

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